昭和45年11月8日 
第17号
生かされている喜び

 私達、人間の幸せとは、何でしょうか?健康で、物質的に恵まれ、何不自由なく暮らしてゆけることが幸せだと、答える人が、多いものです。
 最近のニュースで、日本、アメリカ、イギリス等、世界の若者達に、一番ほしいものは?というアンケートを出したら、「金」と答えたのが、最高だったとききます。
 たしかに、健康でいられること、金銭、物質に豊かなことは、幸せですね。霊と肉体の融合されたものが、人間ですから、肉体的満足感はあると思います。
 けれど、霊の満足感は、そういう現象だけでみたされるものではありません。
 その時、一時的には、霊、肉ともに幸せだと感じても、すぐ不足不満が起きてきます。これでは、真の幸せとはいえませんね。いつ、いかなる環境の中でも、霊と肉が、一緒に幸せとかじるようになりたいものです。
 それには、どうしたらよいと思いますか。私は、人間は、自然の動きの一部として「大いなる神によって生かされている」という喜びと感謝の気持ちの連続で、日々を送られることではないかと、思います。
 「大いなる神」は、即ち真理です。ですから、まず、自分が、「真実に生きる」ということに、努力することです。まず、自分が、霊の親である神の子として、真実に生きるということ、過去をふりむかないで、一歩一歩、現実の中で、誠心のある前進の生活、世の中のため(働くこと)又、誰かのお役にたっている生活、しかも、報いを求めない生活の中に、霊の喜び生かされている喜びがあると、思います。そして、それが、真理であれば、必ず親神様が、ご加護くだされ、行く先の道を拓き、良い人と人の縁を結んでくださり、物心両面に、調和のとれた生活を与えてくださること、間違いありません。
 何故ならば、神はすべてをご覧になっており、子である人間の幸せを、又、神の国を、人間社会に実現されることを、願っていらっしゃるのですから・・・・・
 決して、過去をふりむして、ぐちったり、なげいたりすることなく、現実を直視して、真理に違った行為をしてしまったときは、素直に悔い改め(懺悔して)神にゆるしを乞う、謙虚な気持ちで、調和ある生活の中に、一歩一歩前進あるのみです。
 神のみ心にかなった生活、即ち、真実の生活の中には、不安、不満がなくなり、生かされている喜びに、充実してきますから、肉体的にも若返り、精神的にも、周囲の人に温かい愛の霊波を、知らず知らずに送れるようになるのではないでしょうか。
 愛の霊波については、又、改めて、皆さんとお勉強していきたいと考えておりますが、簡単に申しますと、親子の愛、男女の愛とか本能的愛情を含めた上で、相対する人の真の仕合わせを祈る、無限大の愛=真実の愛=だと思います。
 どうぞ、毎朝の祈りの時、今朝生かされているという喜びを、感謝できる日々でありますよう、お願いいたします。


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