昭和45年1月8日 
第8号
年頭所感

 皆様、恵まれた幸多き新年をお迎えになられたことと存じます。
 そして、まず元旦に御守護神でいらせられる、大国主大神様に感謝のお祈りをなされた事でしょう。
 大神様の、盛大な霊波に抱かれて、健康で、新しい年を迎えられたことは、何にも増して、ありがたいことでと思います。
 昨年を振り返ってみますと、一年の間に、つまらないことにくよくよしたり、泣いたり、ぐちったり、取り越し苦労をしていたことがなくなり、皆さん、心が広くなり、穏やかになられたことと思います。
 苦を苦と思わず、「消えてゆく姿」「大いなる神の試練」と受け止めて、大国様の大きな袋の中に、背負って頂いたおかげなのです。
 ご自分でも、気がつかぬ中に、祈る毎に、苦をとって、背負って下さって頂いていたのです。
 そして、心が安まってきたわけですね。
 今年は、更に一歩一歩高く、大神様の御許に近づくには、どうしたらよいでしょうか。年頭に皆さんとご一緒に考えてみましょう。
 まず、誰でも、吾が身の我が家の安穏を願うのは自然ですから、決して悪いことではありません
 けれど、我が家の安穏が出来たらそれだけでよいのでしょうか?そうではありません。各々の家庭の和から始まって、社会の和、国の平和、世界の平和と、つながっているということを、知らなければなりません。
 大神様の偉大な御心は、全宇宙全人類の平和と、繁栄を求めていられるのです。
 何故ならば、神は、人間をして、神の国を創造あらわさんがためです。それなのに、昨今の社会では、どうでしょうか?
 確かに国民生産高は、世界第2位に躍進し、市場未曾有の、いざなき景気です。電化製品は、どんどん進化し、物資は、お金さえあれば、欲しいものは、巷に溢れている現状です。豊かに、ありあまるものもある反面、心ない、無謀運転、酔っ払い運転、不注意による交通事故で死亡するもの、年間1万人を越し、保護家庭で、1日1人150円程度の食費生活をしている方が、都内だけで、70万世帯もあるという、アンバランスの社会です。
 自分さえよければよいでは、すまされません。人間が人間として、一番大切な心を、見失ったところに、原因があると思います。
 お互いが、神の子として、平等でありながら、その業障を消滅してゆく姿として、起きる「現象」を、理解できたら、「愛し合って、許しあって」の愛の霊波を、強力に送って、「消してゆく」お手伝いをしなければ、ならないと思います。
 具体的には、苦しんでいる方、なやんでいる方に、「神」の存在をしらしめて、「偉大なる神」の霊波によって、業障を消滅していただく(勿論、自分自身の努力の上で)法を教えてさしあげることですね。
 又、心眼を用いて、大神様の真理にそわないことは、許さず改める努力が必要です。
 心が安らいだ幸せな方こそ、他の悩める方々をお救いする、清く強い信念ある、愛の霊波を、送ることによって、「日々是好日」から、「博愛衆に及ぼす」の生活に高めて下さいませ。
 きっと、「奇魂」が躍動されて、「幸魂」と相まって、一日一日が、生き甲斐のある生活になられることと思います。
 年頭にあたって、今年は、皆さんに、「奇魂」を強く持って、他に働きかける強い信念になり、御霊の生かされている一日一日を、喜びで幸せに送れる人になっていただきたいと、切に願います。
 そして、一人でも多くの、悩み苦しめる方の、少なくなる平和な家庭、平和な社会、平和な国々、になることを、心からお祈りすると同時に、今年は、去年に倍して、神様のお役に立たせて頂きたいと、願っております。


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